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看護師の平均年収を調べると、ほぼ必ず「524万円」という数字に行き当たる。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」令和7年(女性看護師)の年収換算値である。だが、この数字を自分の年収と並べて「自分は平均より上か下か」と考えた瞬間に、多くの人が違和感を抱く。基本給の額が違うはずなのに、なぜ平均は524万円になるのか。夜勤を月8回回す自分の年収と、日勤専従の同僚の年収を同じ平均で比べていいのか。
この記事は、その違和感を出発点にする。524万円という数字を解体して、誰のいくらが集計された結果なのか、自分のケースと比較するには何を見ればいいのかを、一段ずつ降りていく。
「524万円」は誰のいくらを集計した数字か
まず確認しておきたいのは、524万円は「平均年齢42.1歳・平均勤続8.1年・きまって支給する現金給与額×12+年間賞与」の合算値であるということだ。厚労省 賃金構造基本統計調査の集計方法は、6月分の所定内給与・所定外給与(残業・夜勤・休日勤務手当を含む)に12を掛け、それに前年1〜12月の賞与を足して年収換算するという仕組みである。
つまり524万円は「6月のある1か月分が1年間続いたと仮定したらいくらになるか」を計算した値で、6月に夜勤回数が少ない人や、産休・育休でその月の給与が少なかった人も全部含めて平均されている。e-Stat 賃金構造基本統計調査で原表に当たれば、集計対象の事業所規模(10人以上)、男女区分、年齢階層別、勤続年数別の数値が個別に取れる。「524万円」は便宜的な一点であって、看護師個人の実年収ではない。
524万円を月給と賞与に逆算する
同じ調査から、看護師の月の決まって支給する現金給与額(手当込み)は概ね36〜37万円、年間賞与は85〜87万円という構造になっている。月給×12+賞与=524万円という単純算で逆算できる。
ここで重要なのは、月の36万円のうち「基本給」と「諸手当」の割合である。新卒看護師の基本給は大卒で約21万5,000円、専門卒で約20万9,000円が標準的なレンジで、ここに夜勤手当・住宅手当・通勤手当・扶養手当・資格手当が積み上がって月36万円になっている。基本給だけを見るとずいぶん少ない、と感じる人が多いのはこの構造のためだ。厚労省 賃金構造基本統計調査では給与種別の内訳を取れるので、自分の給与明細と並べると、基本給比率の高さ・手当依存度の高さを実額で比較できる。
平均値が隠している分散
524万円から離れる理由は3つに整理できる。1つ目は勤務先の規模である。同じ厚労省統計の事業所規模別集計を見ると、従業員1,000人以上の大規模医療機関では年収560〜580万円帯に乗る一方、10〜99人規模の中小医療機関では460〜490万円帯に下がる。同じ「看護師」でも勤務先で100万円前後の差がつく。
2つ目は夜勤回数である。3交代制で月7〜8回の夜勤を回す看護師と、日勤専従の看護師では、夜勤手当の分だけ年収に差が生じる場合がある。厚労省 賃金構造基本統計調査の所定外給与の項目を見れば、自分のケースが平均より多いか少ないかが分かる。日勤専従に切り替えた瞬間に「平均を大きく下回る」のは、夜勤手当が抜けるためで、本人の能力評価とは関係がない。
3つ目は地域である。同統計の都道府県別集計では、東京都が約568万円で最高位、鹿児島県が約426万円で最下位、最大140万円の差がつく。地域手当・住宅手当・賞与水準の地域差が主因で、医療機関側のコスト構造が反映されている。
自分の年収と比べる手順
「自分の年収は平均と比べてどうか」を出すには、3段階の作業がいる。
1段階目:自分の給与明細を「基本給/所定内手当/夜勤手当/時間外手当/その他手当」に分解する。多くの病院の給与明細はこの分類で発行されている。年間賞与額(夏・冬・期末手当)を年間で合算する。月給合計×12+年間賞与=自分の年収換算値が出る。
2段階目:自分の年齢階層と勤続年数階層を確認し、e-Stat 賃金構造基本統計調査の同じ階層の平均値を引いてくる。「30〜34歳・勤続5〜9年」のようにピンポイントで比較する。全体平均の524万円を漠然と比較してはいけない。
3段階目:勤務先の事業所規模(病床数や法人規模)と都道府県別の値を合わせて確認する。自分が「中小規模・地方」なら、平均より低くて当然である。逆に「大規模・都市部・夜勤多め」なら、平均より大きく上回っていることが期待される。
この3段階を踏むと、「平均より上か下か」ではなく「同じ条件層の平均と比べてどうか」が出る。後者が自分の年収判断の現実的な基準である。
上下にズレる要因を整理する
同じ条件層の平均より自分の年収が上、または下にある場合、その要因は5つに切り分けられる。
第1の要因は経営主体である。公立病院・国立病院機構・大学病院・大規模医療法人・中小医療法人・診療所では、給与表の設計が大きく違う。公立病院や国立病院機構は地方公務員給与表ベースで勤続年数に応じて安定的に上がる構造、大規模医療法人は独自給与表で病院規模に応じた処遇、中小医療法人は経営状態と経営者方針で大きく振れる。
第2の要因は夜勤帯の組み方である。3交代制(日勤・準夜・深夜)、2交代制(日勤・夜勤)、日勤専従、夜勤専従、で夜勤手当の総額が大きく違う。夜勤専従に切り替えると夜勤手当が増える代わりに日勤の所定内給与が減る場合があり、単純な足し算では判断できない。
第3の要因は資格・キャリアパスである。専門看護師・認定看護師・特定行為研修修了者などの資格は、医療機関によって資格手当が支給される。厚労省は令和4年度診療報酬改定で看護職員の処遇改善評価料を新設しており、対象機関では月12,000円相当(年14万4,000円相当)の上乗せがあるが、救急搬送200件/年以上などの算定要件があるため、すべての医療機関で適用されているわけではない。
第4の要因は職位である。スタッフナース、主任、副師長、師長、看護部長、と職位が上がるごとに役職手当が積まれる。同じ勤務先内での昇進が、最も予測しやすい年収上昇経路である。
第5の要因は労働時間外要素である。住宅手当・通勤手当・扶養手当・家賃補助などの福利厚生は、求人票の年収表記に含まれていないことが多い。実際に手元に残る金額は、求人票より厚いケースも薄いケースもある。
動かしたい時に何を変えるか
年収を上に動かしたい場合、変えられる要素を整理しておく。
勤務先を変えずに動かせるのは、夜勤回数の増加、認定看護師等の資格取得、職位昇格、の3つである。すべて勤続年数と経験を要する変化で、短期的に大きく動かすのは難しい。
勤務先を変えて動かせるのは、規模の大きい医療機関への移籍、都市部への移籍、給与水準の高い経営主体(大学病院・国立病院機構など)への移籍、夜勤回数の多い病棟への移籍、である。厚労省 賃金構造基本統計調査の事業所規模別・地域別の平均値が、移籍後の期待年収レンジの参考になる。
勤務形態を変えて動かせるのは、訪問看護への転身、産業看護師への転身、看護学校教員への転身、特定行為研修修了者としての高度実践、海外勤務、医療AI領域・治験コーディネーター・医療ジャーナリスト等の周辺領域への転身、である。職場環境とのトレードオフがあるため、年収だけで判断するべきではない。
医療領域のAI実装では、看護経験者が業務翻訳者として価値を発揮しやすい。看護現場のオペレーション理解は、医療AI実装の品質を左右する希少な資源で、転職市場では医療領域の業務理解者×データ・AI実装スキルの組み合わせに継続的な引き合いがある。
結局、自分の年収は妥当か
「平均より上か下か」という問いに、平均年収524万円という1点の数字だけでは答えられない。年齢階層・勤続年数・勤務先規模・地域・夜勤体制・経営主体・職位、これらの組み合わせで自分のいるべきレンジが決まり、そのレンジの中での位置で「妥当性」が判断できる。厚労省 賃金構造基本統計調査とe-Statの原表に当たれば、自分のいる階層の数値はピンポイントで取れる。
その上で、もし「自分のいるべきレンジの下端付近にいる」と分かったら、それは個人の能力評価ではなく、勤務先や勤務形態が引き上げ余地を持っている可能性が高いという信号である。逆に上端付近にいるなら、転職してもむしろ下がるリスクがある。524万円という数字との距離より、自分の階層内での位置の方が、行動判断の材料として使える。
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