「良いサブスク」のLTVが下がる理由。ユーザーの成長について

「良いサブスク」のLTVが下がる理由。ユーザーの成長について

公開日: 2025/4/25

サブスクの企画で、消費者にとって有益なものを企画しようという志は非常に素晴らしい。しかし、これが必ずしも商業的に成功しない事をご存知だろうか。サブスク商品はその特性上、ユーザーが買い物を楽しむ機会を奪うものであり、「自分で選んで買い物したい」と感じたユーザーが離脱する設計になっている。サブスクを企画している事業者の方は、是非この課題に対してどう対処するのが正しいのかを本論を読んで考えてみて欲しい。

サブスクにすると「良いものが届く」という体験

  • サブスクの中には、単に買い物手間を減らすだけでなく、自分自身では上手く選べない商材を代わりに選んでくれるタイプのサービスが存在する。弊社ではこれを「品質向上型」のサブスクとして定義している。

  • 例としては、パーソナライズにより最適な栄養価や風味を提供するというパターンが多い。また、頒布会形式によるランダムな商品選定で毎月サプライズを楽しめるというケースも存在する。他にも、買い替え頻度をコントロールする事で最適な使い心地をキープするサービスも存在する。

  • これらに共通するのは、かつては専門家を使う事で得られていた体験をWEBによって代替している事だ。コーヒーであれば喫茶店のマスター、お酒であればバーテンダー、サプリであれば栄養士など、その道の専門家にレコメンドしてもらっていた商品選びをWEBによって多くの人が安価に受けられるようになったと考えることができる。

  • このように考えると、D2Cと同じ文脈で語られるサービス形式ではあるものの、実態としては人的労働をシステムに置き換えているサービスとも見ることができる。重要なのは商品自体ではなく、誰かが選んでくれているという体験なのである。

買い物はスキップしたい「苦役」か

  • ここで考えたいのが、「ショッピング」という娯楽の存在だ。買い物は場合によっては「仕事」だが、場合によっては楽しい体験である。しかも、品質向上型サブスクを選ぶほどの商材であれば、より良いものを自分で選ぶという体験はとても楽しいのでは無いだろうか。

  • ここではファッションが事例として分かりやすいだろう。人によっては服選びは面倒で誰かに選んで欲しいものである一方、多くの人は休日を使ってウィンドウショッピングを楽しんだりしている。特に、自分を表現する手段としてファッションを選ぶ人にとっては、シーンや気分を想像して様々なアイテムを組み合わせていくのは非常に楽しい体験だろう。

  • サブスクは特性上、基本的にこの楽しみを得ることができない。このため、買い物自体が楽しいというユーザーはそもそも申し込むことがないと言える。他方、「買い物が面倒」というユーザーが一定数は存在すると考えると市場は安定しており問題はないように一見思える。

  • しかし、サブスクでは長期にわたってユーザーと接するため、その時間の間にユーザーが変化してしまうという事象が存在する。特に本論で扱う「良いサブスク」であれば、なおのことユーザーの生活を改善することでその性質を変えてしまうことがあるのである。次章では、実際にユーザーを育てることによって、サービスの寿命を縮めてしまった事例を紹介したい。

良いサービスがゆえに撤退した「SAKELIFE」の事例

  • SAKELIFE(立ち上げ時のクラウドファンディング)は、株式会社Clearが運営していた日本酒定期購買サービスである。3,000円と5,000円のプランがあり、厳選された1,000銘柄から毎月選ばれた1本が届くというサービスだ。マイナーな日本酒で美味しいものを発掘してみたい、という消費者のニーズに答えた素晴らしいサービスで順調に伸びていたが、2019年に事業売却という形で幕を閉じた。

  • 確かに、日本酒という商材は酒屋にも大量には保管されておらず、よほどのマニアでない限りマイナー銘柄に手を出すことは難しい商材だ。しかしながら、シンプルに「美味しい」という体験は誰もが欲するものであり、パーソナライズ・レコメンド系サービスの先駆けとして順調に伸びた事も納得と言える。

  • しかし、このプロダクトの課題は「卒業」という事象がかなりの確率で発生することにあった。「珍しい日本酒が飲みたい」という消費者はそもそも日本酒がそれなりに好きな層である。こういったユーザーは、毎月美味しいお酒が送られてくることで徐々に知識をつけ、最終的には「自分で選んでみたい」となりサブスクから離脱してしまうのだそうだ。

  • 消費者の喜ぶものを提供するという観点で、このサービスは何も間違っておらず、むしろかなり良いサービスだったと言える。しかし、買い物・発見の楽しさを求めている層にとってはあくまで「入り口」でしかなく、ずっと使っていたいというものではなかったということなのだろう。最終的に、事業の拡大が見込めないとの判断で売却に至ったそうだ。

適切なサービスの形

  • この話からも分かる通り、サブスクは時間をかけてユーザーと関わる以上、その属性の変化という特殊なステータスに収益が左右される。特に、品質向上型のサブスクではユーザーが学習してしまうと、「代わりに良いものを選んであげる」という便益が下がっていってしまうジレンマが存在する。

  • ただし、これは必ずしも悪い事ではなく、ユーザーに喜んでもらえているということであり、サービス設計を変えることで対応できる課題だ。例えば、レコメンドされた商品を少しカスタマイズ可能にする、自分で選べるショッピングモールを併設して「あの味に似た商品を見つける」といったキュレーション機能を提供するなどが考えられる。

  • これを実現しているのが、PostCoffee(https://postcoffee.co/)だろう。このサービスは名前の通り、コーヒーを届けてくれるサービスで診断を元に最適な風味の豆を3種提供してくれる。加えて、豆を挽いた状態・そのままの状態などこだわりや設備に応じて変更でき、レコメンドエンジンに好きな銘柄をフィードバックする事も可能だ。さらに、ECサイトも併設されており、好きな豆を自分で購入する事もできる。

  • 品質向上型のサブスクは、あくまで「興味はあるけど購入するのが難しそう」と二の足を踏む消費者に対して提供されるソリューションの一形態だ。そして、場合によっては適切ではない形になる。企画する際には、消費者の時間軸による変化までを考えて、サブスクにするだけではなく他にもソリューションを併設していけないかなど考えるのが大事だろう。